H&M Hennes&Mauritz へネス&マウリッツ Sweden

解説・歴史

H&Mの創業者である、Erling Perssonは、もとはスウェーデン、Vasterasのセールスマンだった。アメリカ旅行中に高品質の商品を大量生産により低価格で展開するという新しいタイプの衣料品店に着想を得て、帰国後の1947年9月13日、Vasterasに「Hennes」の1号店を開く。婦人衣料を扱っていたため、店名はシンプルにスウェーデン語の「彼女(英語のhers)」を意味する「Hennes」と名づけられた。

50年代から60年代にかけて、Hennesは順調に拡大。1964年、ノルウエーに海外初の出店。1968年にErling PerssonがストックホルムのSergelgatanにある狩猟と銃器の店、「Mauritz Widforss」を買収。この店は紳士衣料も扱っていたこともあり、これを機に紳士衣料の展開も開始し、店名を「Hennes & Mauritz」に変更。子供服も導入される。1974年株式上場。1975年化粧品販売を開始。1976年ティーン向け、1978年ベビー服を開始。1980年ロウエル(Rowells)メールオーダーを買収。

1982年、Erling Perssonの息子、Stefan Perssonがマネージング・ディレクターに就任し、国際戦略も拡大。2000年3月には、ニューヨーク、マンハッタンの5番街に初のアメリカ店である旗艦店をオープンするとと同時にアメリカに進出。1998年、購買担当役員だった
ファビアン・マンソン(Fabian Mansson)が新CEO、Stefanが会長に就任。2000年オランダ子会社のCEOだったロルフ・エリクソン(Rolf Eriksen)が、新CEOに就任する。

「最良の価格でファッションとクオリティを提供する」をコンセプトにアメリカでの成功に続き、さらなる国際的拡大を続け、2002年には34,000人以上の従業員を持ち、14か国で800以上の店で衣服および化粧品を販売。売り上げは総計44億ドルに達する。

2004年11月にはカール・ラガーフェルドとコラボレートした「Karl Lagerfeld for H&M」を展開。欧州各国と米国の各店で行列ができるほどの話題を集め、店によっては数時間で売り切れたという。

2005年夏にはElio Fiorucciが限定サマーコレクションをデザイン。アイテムはメンズ、レディス、アクセサリーなど約100アイテムで、70年代をイメージしたカラフルなプリントが特徴。

2005年秋にはステラ・マッカートニーとコラボレートし、約40の特別コレクションを発売する。H&Mのデザイン・ヘッド、Margareta van den Boschは「ステラ・マッカートニーとコラボレートできて、私たちは興奮しています。彼女のデザインはモダンでクールでありながら、クラシックで、かつウェアラブルです。私たちは、彼女のテーラリングセンスとフェミニンを長い間賞賛しており、消費者調査でも彼女のブランドの強さを確認しています。私たちはこの秋、ユーザーに特別なコラボレートを披露できるでしょう」と発表した。

2008年9月13日、日本に進出。

2009年秋は、Jimmy Chooによる限定アイテムを11月14日から発売。ハイヒールやアンクルブーツなどを40-200ユーロで展開する。コレクションはメンズラインのシューズ・バッグなどのアクセサリーに加え、レディスの婦人服も発売。「私たちはH&Mにこれまで加入した偉大なデザイナーたちの一人になれることを誇りにしています。コレクションはファッション知識がありストリート・スマートな女性と男性のためにデザインされました」とジミー・チュウの創設者兼社長のTamara Mellon。「私たちはジミー・チュウの靴とバッグが大好きです。それらはシンプルなスタイルにグラマラスとセクシーさを加えます。これが私たちの最初のシューズ・デザイナー・コレクションであるので、このコラボは特に刺激的です」とH&Mのクリエイティブ・アドバイザー、Margareta van den Bosch。

ちなみにヘネス&マウリッツは英語読みで、スウェーデン語では「ヘンネス・オック・マウリッツ」と発音。H&Mは「ホーエム」と読む。

公式サイト

H&M

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銀座店 東京都中央区銀座7-9-15。

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